心肺停止時の脳保護に有効な生体深部温度を簡便、低侵襲で観測する生体温度センシングの要素技術を確立した。
【本技術の概要】
東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻の大橋昌立氏(当時、大学院修士課程)と寺門信明助教、高橋儀宏准教授、藤原 巧教授らは、独立行政法人国立病院機構仙台医療センターの尾上紀子医師(循環器内科医長)と篠崎 毅医師(副 院長)との共同研究により、将来、心肺停止後、生還時の脳機能障害リスクを減らす体温調整法に役立つと期待される、人体の深部の温度を簡便で低侵襲・位置選択的な生体深部温度センシングする残光体(蓄光体)を用いた新しい光学計測技術を開発した。
本研究は、脳内など生体深部の温度を任意の位置で、かつ低侵襲で観測でき、残光および輝尽発光現象(注1)による生体温度センシング手法であるため、生体深部における温度計測が可能となり、医療のみならず、思考・感情といった脳内における複雑な生体反応の観察や解明に役立つものと期待される。
(注1)輝尽発光:外線やX線などを照射されて励起した蛍光体が、長波長の電磁波などで別の刺激を受けたとき、ふたたび閃光を発する現象。このような現象を示す蛍光体は輝尽性蛍光体とよばれ、医療用のイメージングプレートなどに用いられる。
当研究グループでは、顕著な残光特性および不純物添加による光学特性の制御性を持ち、かつ生体親和性や強度が求められる人工関節や人工歯などに用いられるジルコニア(ZrO2)をプローブの候補物質とし採用。生体環境温度付近におけるZrO2残光体の残光強度の時間依存性を測定し、得られる残光寿命(τ)と環境温度(T)との関係を調査した。その結果、τの逆数とTの逆数に明瞭な直線関係が得られ、ZrO2の残光測定によりシンプルかつ正確な生体温度計測が原理的に可能であることを実証した。
脳は頭蓋骨により保護されていることから、脳内温度をセンシングするには、まず、骨を透過した近赤外レーザー光による輝尽発光を観測できるかを確認する必要がある。頭蓋骨の模擬骨試料であるウシの大腿骨を準備・加工した後、近赤外レーザーの手前に模擬骨試料を配置し、ZrO2残光体へレーザー照射したところ、輝尽発光の観測に成功した。(トップ写真)
このような骨組織を透過した近赤外レーザーによる輝尽発光実験は過去に報告がなく、本結果は生体深部や脳内における温度分布計測の実現性を示すものと考えられる。