望月 晃
磁性の世界で長年研究開発してきた者として、これからの低炭素化時代における磁性材料の重要性に改めて目を向けてみた。
1. 磁石とその応用
磁石の発見と方位磁石としての利用が、人類が最初に記録された磁性材料の応用である。人工的な磁石材料の発明とその後の発展には、日本の研究者の寄与が大きかった。
東北大の本多光太郎先生のKS鋼の発明は、東工大の加藤與五郎、武井武両先生のフェライト磁石、そして、佐川真人博士のNeFeB焼結磁石等の発明につながった。一方、エルステッドにより発見された電磁気的振る舞いから、ファラデーのモータの原理と電磁誘導の法則が発見された。モータは永久磁石の磁場と電流磁場との相互作用によって動作する。磁石の強さの変遷を図に示す。強力な磁石の発明とモータへの適用は小型、軽量化した高効率のパワーモータの実現につながった。1),2)
2. 自動車のEV化への流れ
低炭素化社会へ向けて、自動車のEV化が加速されている。その実用化には、高信頼、高効率のモータと、高性能バッテリーの開発があった。現状、EV化への課題はまだ多く、価格、航続距離、充電時間、社会インフラ、異常時の対応等、単に技術や材料以外にも多くの課題が存在する。中でもバッテリーの高性能化とコスト低減が重要である。最近の開発では固体電池が実用化のレベルに近づいている。さらに、FCV(燃料電池車)も視野に入ってきている。
バッテリーの高性能化でフル充電での走行距離は600km以上に伸びており、実用上問題はなくなる。充電時間は、800Vで30分まで実用化されている。欧州では1200Vでガソリン注入と同じ時間で充電する研究も進んでいる。さらに、走行中に充電するシステムも開発されており、高速道路などでは、ノンストップで、どこまでもドライブ可能になり、商業車の実用化が期待される。しかし、本格的普及には、充電スタンドの数等、社会インフラの整備が必要であり、法規制の問題も解決する必要がある。
EV化の課題の中で、磁性材料の役割は大きい。パワートレイン部、とチャージャー部に重要部品として用いられる。800Vから1200Vへと、高電圧化する中で、メインモータのPMSM(永久磁石同期電動機)では、Nd磁石により小型軽量化が実現している。自動車用としては、NdFeB組成に高温対応としてDy添加が用いられている。一方、NdやDyは資源問題があり、結晶粒制御により、Dyを減らしても使用できるようになった。さらに、新しい磁石材料としてSm2Fe17N3やNdFe12Nxのような新組成の研究も進んでいる。3)
DC-DCコンバーターや充電器用部材には、トランス用磁性材料が使われている。これまではケイ素鋼板が主流であるが、大電力の中で小型軽量、低損失が求められ、熱対策が重要である。材料として、Fe系やCo系アモルファス材の改良が進んできている。高電圧、大電力化の中で熱対策と材料性能向上が必要である。4)
3. 磁気応用の新たな期待
低炭素化社会実現のため、磁性材料応用機器の期待も大きい。
風力発電の拡大では、発電機の大型化と効率アップが必須である。政府のエネルギー基本計画では全エネルギーの1.7%(10GW)まかなう予定であり、永久磁石同期発電機によるダイレクトドライブ方式なども実現している。NdFeB磁石をロータとして、破損対策としてステンレスでキャンニングされたSPM(Surface Permanent Magnet)で定格出力8000kWも実用化された。
風力発電の設置については、ヨーロッパ諸国と比較すると、遅れが目立つ。日本の風力資源では、陸上型が主流であり、超大型の風力発電所は限定される。さらに、台風や、雷等自然環境からは、信頼性の要求と、メンテナンスフリー化、そして騒音の低減と、環境対策が重要になっている。
低炭素社会でのエネルギーとして一つに水素がある。水素は輸送では冷却し、液体で運搬や、供給が求められる。液化の効率を上げる方法として、効率50%以上が期待される磁気冷凍が注目される。近年、これに適した材料として、HoB2の発見が報告されている。 6)
実用化にはまだ時間がかかるものの、来るべき水素化社会では冷却効率の良いシステムが完成されなければならない。
そして、電磁力の応用として、リニア新幹線の実用化が、待ち遠しい。超電導磁気浮上方式を採用した、車両にはNb-Ti系の超電導コイルを液体ヘリウムで-269℃まで冷却し、さらにふく射熱冷却の液体窒素により、磁場を発生させている。ガイドウェイのコイルは浮上コイル、車両案内コイル、推進用コイルで構成され、モータの原理で推進され、最高時速603kmの速度で安全走行が確認されている超電導材料として、Bi-Agシース線の高温超電導材料の実用化 7) が近づき、-253℃の冷却で冷却構造が格段に簡素化される。将来においては酸化物超電導材料やMgB2やSmFeAsO系 8) など、さらに研究が進められている。
4. 磁性応用の夢
磁石の発見以来、磁石材料の発展には、日本人科学者の貢献が大きい。その利用による応用分野は、硬質磁性材料(磁石)だけでなく軟質磁性材料の進歩により、家庭電化製品から、通信機器そして産業機械まで、広い分野に広がった。近年、低炭素化に向けて、社会が大きく変貌しなければならない時代、磁気の応用が寄与すると期待する。
高性能なエネルギー変換器でもある、回転機・変圧器が重要なキーコンポーネントになっている。パワーエレクトロニクスの高周波、大電力化に向けた軟磁性材料開発と応用、磁石材料におけるポストネオジム磁石と、資源リサイクル問題、IoTやロボット等に応用が広がるセンサー類など、材料開発とその応用が、今後の低炭素化時代に向けた変革の下支えとなることを期待している。
2021年2月26日
著 者:望月 晃(もちづき あきら)
出身企業:三菱マテリアル株式会社
略歴:理化学研究所磁性研究室、三菱金属中央研究所(現三菱マテリアル中央研究所)にて磁歪材料、希土類磁石の開発と事業化、知能機器システム開発センターにて小型モータの開発と事業化、三菱マテリアル社の研究開発マネージメント、三菱マテリアルシーエムアイ(株)(モータ、接点事業)
専門分野:磁性材料とその応用の研究と新規事業開発。研究開発マネージメント
【参考資料】
1) 杉本諭: Materia Japan,56(2017),3
2) 久米道也等:J. Japan Inst. Materials, Vol.76, No1(2012)
3) 産総研:性能を保ったまま異方性サマリウムー鉄―窒素焼結磁石
4) 山本伸一郎:HEV/EV用昇圧リアクトル、SEIテクニカルレビュー(2019)
5) NIMS:機械学習により世界最高クラスの磁気冷凍材料を発見(2020)
6) 東芝レビュー:Vol61,No.9(2006)
7) 長部吾郎:日本金属学会83(2019)294-304
8) J. Jaroszynski, et al: Phys.Rev. B78(2008)
*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません