みなみ なおこ
前回は、「地域共創型アプローチ」が、社会課題を起点にスモールビジネスを生み出す手法であることを解説しました。 今回は、具体的にどのように課題テーマを設定し、地域と連携しながら取り組み、事業へとつなげていくのか、実際の事例をもとにご紹介します。
<1> 地域共創型アプローチによる事業創出の事例
事例紹介:「大手鉄鋼メーカー × 鎌倉市」のプロジェクト
ご紹介するのは、2020年から実施してきた大手鉄鋼メーカー(以下、メーカー)と神奈川県・鎌倉市のプロジェクトです。本プロジェクトでは、「地域共創型アプローチ」の手法を活用し、プロジェクトメイキングを実施しました。1年以内にプロトタイピングによるテストマーケティングを行い、改良を重ねながらスモールビジネスを展開しました。現在は、鎌倉市から全国へと事業が広がっています。
STEP1: 一石二鳥で事業化につなげる「社会課題のテーマ設定」
2020年、コロナ禍による外出自粛の影響でテイクアウト需要が急増しました。その結果、「使い捨てプラスチックごみ」の量が国内で急激に増加しました。そこで、この問題に着目し、自然と都市が共存する中都市で、かつ環境意識が高い鎌倉市を地域共創のパートナーとして選定しました。
プロジェクト開始後、メーカー担当者と一緒に鎌倉市を訪れ、海辺のカフェオーナーや自治体の担当者へヒアリングを実施しました。あるカフェのオーナーは、「自店のロゴが入ったプラスチック容器が海に浮かんでいるのを見たとき、環境汚染に自店が加担していることにショックを受けた」と話していました。また、自治体担当者からは、「コロナ禍で使い捨てプラスチック容器の利用が増え、家庭ゴミのプラスチック量が30%増加した。処理コストは税金で賄われており、早急な対策が必要」との意見が出ました。
地域の方からこのような声を直接聞くことで、メーカー担当者は課題の重要性を深く理解できたようです。そして、この課題を掘り下げていく中で、使い捨てプラスチックそのものよりも、さらに根本的な原因である「容器を捨てる」という行為そのものが本質的な課題であることに気づきました。
STEP2: 自社の保有技術を活かした「プロダクトのコンセプト策定」
次に、この課題を解決するために、どのようなプロダクトを作るべきか検討する際、「容器を捨てる」という課題において、「フード容器」と「飲料容器」のどちらに焦点を当てるかを選択する必要がありました。
そこで、本プロジェクトでは以下の3つの観点からプロダクトのコンセプト案を策定しました。
1. 地域コミュニティや店舗のヒアリングから、イベント時に最も多く出るごみは飲み物のテイクアウト容器であること。
2. 店舗のジャンルを問わず、サイズや形状を統一しやすい容器の方が量産化につながること。
3. メーカーの保有技術や既存事業との親和性が高いほど、試作品開発を迅速に進められること。
これらを踏まえ、最終的に「飲料容器」に決定しました。
STEP3: 地域と改良を重ねる「プロトタイピング」
第一弾の試作品(スチールカップ)は、使い捨てプラスチック飲料容器の代替として開発されました。この容器は、プラスチック製よりも熱伝導率が高く、ビールやコールドドリンクを入れるとキンキンに冷え、最高の飲み心地を提供できます。また、プラスチック容器に比べて頑丈なため、持ち歩き時の安心感も生まれる製品となりました。
驚くべきは、試作品の開発スピードです。メーカーが持つ既存技術を応用することで、わずか3ヶ月で試作品を完成させ、プロジェクト開始から6ヶ月で鎌倉にてテストマーケティングを実施することができました。
リアルな使用シーンでのテストマーケティング
通常、テストマーケティングは企業側が企画し、会議室などで試作品を試す方法が一般的ですが、この「地域共創型アプローチ」では、地域と一緒に創り上げるプロセスが特に重要となります。最初のテストマーケティングは、地元企業の協力を得て、鎌倉・由比ヶ浜海岸にあるカフェにて、営業中にリアルな使用シーンを想定した形でテストを行いました。さらに、湘南を拠点に活動する環境意識の高い学生団体が企画し、定期的に開催している「エンタメ型ごみ拾いゲーム」と連携し、ゲームの一環としてスチールカップを使用することで、アンケートやフィードバックを収集しました。これにより、地域の人々が自然な流れで試作品の使用を体験し、リアルな意見を集めることができました。
1ヶ月後には、より多様な層からの意見を得るために、鎌倉駅周辺でテストマーケティングを実施しました。「MUJI鎌倉」の展示ブースを活用し、本プロジェクトの目的やビジョンを伝えながら試作品のPRを行いました。観光客と地域住民が交差するこの地点での実施により、ローカルメディアの注目を集め、テレビや日経ESGなどの雑誌にも多数取り上げられました。
そして、これら収集した地域の意見をもとに、以下の改良を施し、改良品を開発しました。
• 飲み口のサイズ
• 口当たりの改善
• コールドドリンク専用とする
• スタッキング(収納性)の向上
• デザインの見直し
• 屋外で洗い場がなく、大量に使用するシーンでも使いやすい
こうして、より実用的な製品へと進化し、事業化や販路の方向性が明確になりました。
市場展開:「新しいふつう」を戦略的に仕掛ける
2022年、地域イベントで改良品(スチールカップ)の販売を開始しました。環境対策の進展に伴い、使い捨てプラスチック禁止のイベントが増加する中、このスチールカップは「繰り返し使える価値」と「廃棄後は鉄素材へ循環する価値」で、消費者に受け入れられるビジネスモデルを構築しました。
このように地域住民を巻き込んだ試作品の開発は、リアルで確度の高いプロダクト創出を可能にしました。本製品ができた2022年には、地域の事業者たちから「イベントで使いたいので購入したい」と声がかかるようになりました。 ここ数年、公園や施設などのイベント会場で「使い捨てプラスチック禁止」のルールを導入するケースが増えています。その結果、イベント運営者や出店者は、紙製容器やリユース食器などの代替品を用意する必要があり、大きな負担となっています。そこで、このスチールカップは「繰り返し使える価値」を持たせることで、運営者や店舗側の負担を軽減することが可能になりました。
このビジネスモデルを活用したスチールカップは、デザインを一新し、地域イベントでの販売を多数実施しました。2024年の「なみおと盆踊り祭り」(来場者3,000人)では、物販ブースでスチールカップを販売しましたが、紙カップや他の素材の容器が飲食店で選択できるにも関わらず、約15%の来場者がこのスチールカップを購入という驚異的な成果を得ました。
スチールカップが生んだ予想以上の変化
実際にブースでスチールカップを販売する中で、予想を超える変化が起こりました。
お祭りの開始当初、地域住民にとってスチール製のカップはまだ馴染みが薄く、販売時にはその目的を丁寧に説明し、共感を得ながら購入してもらう必要がありました。しかし、以前のテストマーケティングの過程で、すでにスチールカップを目にしていた人々が祭りに訪れ、「これ、知ってる!」「応援したい!」と自発的に購入してくれるようになったのです。やがて、スチールカップを手にした人々が会場のあちこちに広がり、その姿が自然と目に留まるようになりました。すると、「このカップ、どこで買えますか?」「デザインが可愛くて気になっていました」「このカップを使うと、あのビールが美味しく飲めるんですか?」といった声が次々と寄せられ、購入希望者が殺到する事態に。気づけば、会場内のあちこちでスチールカップを片手にビールを楽しむ人々の姿が広がり、それはまるでこのお祭りの新たな風景のように溶け込んでいきました。“スチールカップでビールを飲む”というスタイルが、自然と定着していったのです。
消費者の購買動機には、デザイン性も確かに重要な要素ですが、事業化を成功させるには、以下のポイントを意識した戦略的な市場投入が不可欠であることがわかりました。
未開拓市場でプロダクトを浸透させる3つのポイント
1. 地域でテストマーケティングを重ね、認知を広げる
2. 消費感度の高い顧客層が集まる店舗などで試験導入する
3. イベントでは、分散されにくいクローズド空間で販売を実施する
新たな市場を開拓する際には、地域の共感を得るプロセスが重要です。そのためには単に製品を販売するのではなく、地域の中で共感の輪を広げ、愛着を持ってもらう流れを設計することが重要です。本プロジェクトは、まさに「新しいふつう」を戦略的に仕掛けた成功例となりました。
<2> 社会課題の解決とビジネスを両立するテーマをどのように見出すか
社会課題を起点にスモールビジネスを生み出す手法「地域共創型アプローチ」について解説してきましたが、最後に「社会課題」には、どの分野にどんな課題があるかを分析しておりますので、ご紹介します。
「社会課題を起点」とする発想への転換
本業に対する危機意識が強い企業は、次の主力事業を求め新たな事業の創出に挑戦していますが、途中で失速し、十分な成果を上げられずに終わってしまうことが多く見られます。その原因のひとつが、「自社の強みや技術のみを起点」とした発想にあります。これまでの延長線上でビジネスを考えるのではなく、「社会課題を起点」とする発想へ転換することが、新たなビジネスチャンスを生み出す鍵となります。そのためには、社会課題の種類や相互の関係性を分析し、本質を理解することが重要です。しかし、社会課題の本質をゼロから調査するには膨大な時間と労力がかかります。近年、さまざまな企業から「どの社会課題に着目すべきかわからない」という声が寄せられていました。
そこで弊社は、4年間にわたる調査研究の知見を活かし、「社会課題の解決とビジネスの両立を実現するテーマを見出すための“社会課題インサイト”」
を体系的にまとめました。これを活用することで、企業が持続的なビジネスモデルと社会的使命を両立するためのテーマ設定に導くことができると思います。
<社会課題インサイトの内容>
社会課題インサイトは、以下のようなコンテンツで構成されています。
◼️ 社会課題の分野
環境、自然災害、交通、物流、食品、健康・福祉、エネルギー、教育・人材
◼️ 各課題の詳細分析
・課題のタイトル
・現状の課題・背景
・課題のロジック分析
・地域の実例
〜『環境』の一例 〜
「社会課題インサイト」の使い方
まずは社会課題を体系的に理解することが重要です。そのためには、前篇でも紹介したように、地域のさまざまな関係者から直接話を聞き、具体的な困りごとや生活者の価値観を五感で感じ、多種多様な観点からその社会課題を深堀りしていきます。このように社会課題の本質を深く理解すれば、解決策は一つではなく、複数生まれたり、一石二鳥で解決できるポイントがあることに気づくことができます。そして、生活者の価値観と自社の強みを掛け合わせることで、解決の糸口やビジネスの可能性が見えてくるはずです。
<総括>
次の主力事業となる新規事業開発に必要な“社会課題”を選ぶポイントは3つです。
1.社会課題を面で、かつ体系的に理解する
「社会課題インサイト」の中にある課題のロジック分析では、さまざまな観点から要因を分析しています。社会課題を細分化した情報を見ながら、特定の地域に住むステークホルダーに話を聞くことです。こうすることで課題の本質が見えてくるだけでなく、持続的に進めるための熱量も得られるのです。
2.自社の保有技術を最大限に活かせる領域やソリューションを考える
社会課題を分析すると同時に、自社の強みや魅力を深掘りすることは、新規事業開発において欠かせない要素です。この二つの視点を常に意識して取り組むことで、必ず交差するポイントが見つかります。自社の業界や事業領域には精通していても、社外や異業種の動向については把握が不十分なケースが少なくありません。特に、社会課題については表面的な理解にとどまりがちです。そのため、「社会課題インサイト」 を手元に置いておくことで、常に課題に対するアンテナを張ることができ、自社の保有技術やリソースを活かせる新たな領域を発見しやすくなります。
3.地域との連携とコーディネーターの活用
社会課題を解決するには、地域との連携が不可欠です。特定の地域と協力することで、現場のリアルなニーズを把握できるだけでなく、プロダクトのコンセプト設計から実証実験に至るまでのプロセスを、迅速かつ効果的に進めることができます。さらに、早い段階でメディアの注目を集め、認知度を高めることも可能です。そのためには、地域と企業をつなぐコーディネーターを活用することが効果的です。社会課題を起点に新たな事業を創出したいとお考えの場合は、ぜひ弊社にお声をおかけください。全力でご支援させていただきます。
(後記)その技術をどう磨くのか?
地域共創型アプローチによるプロジェクトに約4年間取り組んできた今、改めて強く感じるのは、「日本の技術にはまだまだ大きな可能性がある」ということです。地域に根ざした活動を続ける中で気づいたのは、地域の消費行動の変化でした。これまでの「安くて便利」という価値観だけでなく、「利他的な精神」や「リスペクト」といった要素に共鳴する消費者が増えているのです。
例えば、安価で気軽に飲めるコーヒーも楽しまれる一方で、豆の仕入れルート、抽出の温度や時間に込められた技術やこだわりに共感し、そこから「リスペクト」の意識が生まれる。その結果、一杯千円以上するコーヒーを継続的に飲みに訪れる人々が増えています。なぜなら、その技術こそが、そこでしか得られない「特別な体験価値」を生み出しているからです。ある材料や技術がなければ、その製品、品質が作れない。あるいは、その体験価値も生まれない。そういう唯一無二に磨かれた技術こそが、主力事業の柱になり、やがて世界へと発展していくのではないでしょうか。
今ある技術をどう磨いていくか――。それは、社会のニーズをどう捉えるかと直結しています。地域の社会課題を本質的に理解し、地域の生活者とともに技術を磨き上げていく。そのプロセス自体が、ユーザーにとっての新たな体験価値となり、やがてその商品やサービスは日常の中に「新しい文化」として定着していくと思います。
私は、そんな強い価値を持つソリューションを提案していきたい。そして、日本の技術には、まだまだその可能性が広がっていると信じています。
「地域共創型アプローチ」や「社会課題インサイト」にご関心のある方へ
具体的な事例や「社会課題インサイト」を用いて、詳細をご説明いたします。少しでも関心のある方は、ぜひお気軽に下記までご連絡ください。
お問い合わせ https://www.iblc.co.jp/contact/
2025年3月3日
著者:みなみ なおこ
Good Sharing Lab 代表/株式会社nalu
「地域共創」をテーマに、技術の力で地域に新たな波を起こす研究所。地域と企業が協力し、社会課題を解決するための仕組みを構築しながら、地域共創型ソリューション事業を展開している。また、各分野の専門家や技術者と幅広いネットワークを持つ株式会社IBLCと協働し、大手企業をクライアントに、研究開発から社会実装までを一気通貫で支援している。
出身企業:LIXIL株式会社
略歴:株式会社LIXILにて、「ユニバーサルデザイン」ブランドの立上げに携わる。車椅子、妊婦、片麻痺などの検証、生活価値観調査や分析を行い、全事業部の設計標準化を実施。ブランドガイドライン、コンセプト開発、PRを実施し、ユニバーサルデザインブランドランキングに入賞。サッシ企画マーケティングに従事した後に独立後、ブランドコンサルタントとして活動を開始し、15年の実績を持つ
専門分野:地域循環、社会課題(環境、防災)の解決、ブランディング・マーケティング