専門家コラム

【055】渋柿の新規加工技術による中山間地域の農業の6次産業化

河野 源

 農水省「令和元年度食料・農業・農村白書」の第3章第2節「中山間地域の農業の振興」には、中山間地域とは山間地域及びその周辺の地域を示す概念であり、中山間地域の総土地面積は日本全体の約70%(27,409千ha)を占め、農地面積と農業産出額は共に全国の約40%を占めていると記載されている。中山間地域は過疎化や高齢化の進行により荒廃農地が増加しているため、国も中山間地域等の振興に向けて様々の施策を進めているが、未だ、大きな成果は得られていない。
 柿は中国原産の果樹で、中国から韓国、日本など東アジアに栽培が広がったが、近年ではアゼルバイジャン、ブラジル、イスラエル、イタリア、スペインなどアジア以外の国にも栽培が拡大してきた。海外で生産されている柿は、殆どが渋柿であり熟柿や干し柿として消費されているが、一方、日本では甘柿と渋柿を脱渋処理した生食が約90%を占めている。しかし、最近では中国や韓国でも日本の甘柿品種を移植して甘柿の栽培が始まっている。 柿以外の殆どの果実では、世界的に果実を搾汁した生ジュースや濃縮ジュースが製造・販売されているが、柿ジュースだけは製造・販売が行われてこなかった。これは、世界で栽培されている柿は殆どが渋柿であり、栽培が東アジアに偏在していたこと、また、他の殆どの果実は搾汁するだけでジュースになるのに対し、柿ジュースを飲料にするには渋味成分のタンニン(柿ポリフェノール)を除去する事が必須であるが、商業生産に対応できる脱渋技術が開発できなかった事が主な要因と考えられる。さらに、日本以外の産地で栽培されている渋柿は果肉が柔らかで搾汁に適していない事も大きな要因であろう。
 最近、日本では炭酸ガスで脱渋処理した規格外の生食用の脱渋された渋柿を冷凍後に搾汁することで、渋戻り(炭酸ガス処理で重合・不溶化したタンニンが加熱処理後に再び可溶性となる現象)を防止して、渋味のない柿ジュースが製造販売されている(山形県庄内柿ジュース)。しかし、本製造法には、炭酸ガス処理設備や冷凍処理設備が必要な事や原料に生食では販売できない規格外品を使用する課題があるため、大規模な商業生産には対応できていない。また、脱汁処理した渋柿は果肉が軟らかいので、搾汁された柿ジュースには濁度があり、清澄なジュースを製造することができない。

1.構想:「渋柿の新規加工技術による中山間地域の農業の6次産業化」
 本節では、筆者が長年考えたきた渋柿の新規加工技術を利用した中山間地域農業の活性化構想について、その実現に向けた開発の初期段階から活性化に至る道筋を述べる。

(1) マーケット拡大に向けた初期段階:渋柿の規格外品を原料にした柿ジュース製造
現在、脱渋処理された生食用渋柿は、都市部の大規模な市場に対応するための流通システムに合わせ選果場で規格・等級に従って仕分け・出荷され、市場に出せない大量の規格外品が出ている。
・ 脱渋処理の前に規格外の小さな渋柿を選別し、新規加工技術による柿ジュースを製造して販路開拓を進めると共に、顧客のニーズに合わせた品質改良を進め低渋味柿ジュースのマーケット拡大を図る。

(2) 将来構想:渋柿栽培地の拡大による大規模な柿ジュース生産に向けて
・ 温暖な気候を好む甘柿と異なり、渋柿は寒冷地や寒高地でも栽培が可能であり、北は青森県津軽平野から南は鹿児島県屋久島まで、日本全土で栽培されている。また、樹木に実った渋柿は鳥獣被害を比較的受けにくい果実であり、栽培管理が他の果実に比べ容易な事などで人手の少ない中山間地域での栽培に適した果実である。 2019年度の国内の中山間地域の農地面積1,841,000haに対して、柿栽培面積は18,900haであり、中山間地域で増加している耕作放棄地などを対象にして農地面積の 0.1%を柿栽培に転用すれば、年間の国内柿生産量20万トンに近い渋柿生産が可能になる。
・ 柿は樹高が高いため、せん定や収穫等の高所作業による労働負担が大きいが、近年、これを改善するための技術開発が進んでいる低樹高栽培や矮性台木による低樹高化等の新しい栽培技術を活用して、省力化や規模拡大を図る。これらの改良でブドウ栽培に近い柿の栽培が可能になる。

    <低樹高化栽培>          <低樹高矮性台木による早期成園化>
・ ポット育苗技術(幼苗接ぎ木技術、大苗育苗)による柿の早期成園化が可能になり、通常7年かかる成園化が3年短縮する生産システムが開発されている。
・ 上記の新しい栽培技術を利用して中山間地域での渋柿栽培地の拡大を図ると共に、筆者が開発した新規加工技術「低渋味糖含有柿ジュース製造」を利用して、渋柿を原料とする柿ジュース生産を事業化する事で、新たな雇用を生み出して中山間地域における農業の振興と活性化を目指す。

2.新規加工技術:「渋柿由来糖含有低渋味柿果汁の製造方法(特許第6762622号)」
・ 製造法の概略
 渋柿の搾汁液に柿ポリフェノール(タンニン換算:1~2%含有)を特異的に吸着するゼラチン粉末を60~70℃の加熱下で添加して、水不溶性の柿ポリフェール/ゼラチン複合体を形成させた後、固液分離して甘味及び低渋味(タンニン換算:~0.1%含有)を有する清澄な柿ジュースを得る事ができる。加熱した搾汁液にゼラチンの固形粉末を添加すると、直ちに溶解して柿ポリフェールと反応して水不溶性の複合体を形成するため、通常のゼラチン水溶液を使用した場合に起こる柿ジュースの希釈化が起こらないので、生の状態の柿ジュースを得ることができる。
渋味の強いウーロン茶製造法の開発に関わった専門家の方から、良好な渋味との評価を得ている。
・ 本技術の特徴
① ゼラチンの添加量を調節して、柿ジュースに残存する可溶性ポリフェノール濃度を任意に設定できる。 柿本来の風味と甘味(糖度:15~20度)を活かすと共に、既存の果実ジュース(オレンジジュース、ブドウジュースやマンゴージュース等 )と差別化できる渋味を活かした特徴のあるジュースの製造が可能になり、既存の果実飲料のマーケットに新規参入が期待できる。海外マーケットにも特徴のある果実ジュースとして輸出が期待される。また、魚由来ゼラチンを使用する事でハラル認証取得も可能である。
② 本技術は、大規模な商業生産にも対応可能な技術であり、加熱滅菌処理により長期の冷蔵保存も可能である。柿ポリフェノールは適量を残して果汁から完全に除去されるので、加熱滅菌処理後も渋戻りの現象はなく、長期の保存安定性が可能になる(酸化防止対策が必要)。
③ 渋柿のポリフェノールは、邪魔な渋味成分でなく、生理作用の期待できる有用な成分であり、機能性飲料として付加価値を高めることが期待される(柿ポリフェノールの機能性(文献情報):腸内細菌叢の改善作用、腸管の糖質吸収抑制作用、抗ウイルス作用等)
④ 渋柿の搾汁工程で分離された搾り滓は、乾燥させて家畜飼料として利用する。
固液分離工程で回収された不溶性の柿ポリフェノール/ゼラチン複合体は機能性食品等への用途開発で商品化を想定している。これらを達成できれば、廃棄物ゼロの柿ジュース製造が可能になる。

以下に、新規加工技術による柿ジュース製造工程の概略を示す。

・ 競合する製品
 国内では、生食用に脱渋処理した渋柿の規格外品を原料に製造された柿ジュースがネット通販で少量販売されているが、製造原料が生食用の脱渋柿の規格外品であり、生産規模拡大は難しい。
 日本以外の国では、渋柿を原料にした柿ジュースを商業規模で生産して、グローバルに展開してい る国は見当たらないので、競合品はないと思われる。

参考資料:
・農水省「令和元年度食料・農業・農村白書」
・腸内細菌フローラ改善作用:松村「柿タンニンによる炎症性腸疾患の病態改善機構の解明」
・腸管の糖質吸収の抑制:米谷&竹森「柿ポリフェノールの機能性」
・特許第6762622号(発明者河野)「渋柿由来糖含有低渋味柿果汁の製造方法」
・九州沖縄農業研究センター「柿の超樹高仕立てによる軽労安定生産」
・静岡県果樹研究センター「わい性台木を利用した柿栽培の省力化」
・奈良県農業技術センター「カキ苗の周年生産方法及び苗」(特許4858693号)
                「ポット育苗技術を利用した大苗育苗による早期成園化」

2022年9月6日
著 者:河野 源(かわの げんじ)
出身企業:東レ株式会社
略歴:(株)興人、東レ(株)にて、バイオ分野(食品分野及び医薬品分野)の研究開発に従事。
定年退職後、創薬ベンチャーの常務取締役、創薬ベンチャー支援コンサルタント会社の取締役副社長を経て、その後、創薬ベンチャーを立ち上げ、抗がん剤の開発を推進した。
現在は、個人で創薬ベンチャーのCMC支援等を行っている。
専門分野:微生物利用技術(酵母、微生物産生多糖類等)、バイオ医薬品の製造技術開発・GMP製造、機能性食品材料の製造技術開発
資格:農学修士、技術士(生物工学)、第1種放射線取扱主任者
所属団体:日本技術士会、食品技術士センター



*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません

関連記事

TOP