みなみ なおこ
BtoB企業のC向け戦略で明暗を分けた4つの理由
名古屋市の鋳造メーカー<愛知ドビー>が炊飯器市場に昨年12月に参入したのは記憶に新しいが、同社は創業73年の歴史をもつ老舗メーカーで、愛知の町工場として親しまれてきた。
しかし、町工場の業績が悪化し、経営難に陥ったのが2001年ごろだった。
こうしたBtoB企業は今、大小の規模問わずたくさんある。
相手企業に左右される下請けのみの事業で売上減少
職人離れ
職人の高齢化
受注先の契約がもらえなくなった
激しい価格競争
これによりどんどん単価は下がり、品質も落とし、工場が回らなくなり、閉鎖の危機に追い込まれていく。これらのことが物凄いスピードで全国様々な企業で起きているわけだが、同じような状況の中、<愛知ドビー>は、自社ブランドの鋳物ホーロー鍋<バーミキュラ>で見事に再建し、顧客数も増え、客単価も上がり、事業が安定し、今やアジア、欧州などの海外展開も視野にいれるほど拡大成長した。
出典:<バーミキュラ>愛知ドビー:公式HPより
100年続く、石けん・化粧品製造業の老舗メーカーを見事回復させ、自社ブランド<MARKS&WEB>の商品を企画・販売する<株式会社マークスアンドウェブ>を創業、直営80店舗を展開し成功に導いた<松山油脂株式会社>。
他にも、スノーピークの<ヤマコウ>や<ナカシマプロペラ>もBtoBからBtoC向けの展開をして成功している。
BtoB企業だった老舗メーカーが、C向け戦略でなぜここまで成長したか。これらの企業が成功した理由とともに、このように売れた企業と未だ再建に苦戦している企業数社との差を徹底分析した内容を以下に示す。
厳しい状況の中で、明暗をわけた4つの戦略
① 自社の強みを最大限に生かせる<場所>を見つけたこと
<愛知ドビー>の家業を引き継いだ長男と次男による再建で、まずなにをしたかというと、
【鋳物×精密加工技術】両方の技術を兼ね備えた工場は珍しく、その強みを生かせないかと目をつけたのが<鋳物ホーロー鍋>だった。つまり、自社の強みを最大限に生かせる<場所>を見つけたということが、明暗を分ける理由の一つである。
<松山油脂>の強みは、無添加せっけん。
植物オイルや精油や抽出物をバランスよく配合する技術だからこその、天然植物由来にこだわった<MARKS&WEB>なわけである。
一方苦戦している企業をリサーチすると、強みを認識していないか、そこに徹底フォーカスして絞ることができない。そこまでこだわっていない。自社のこだわりよりも、相手企業の要求品質は満たすためにオールマイティで対応することを優先すべきと考えている。
② ジレンマの領域に旗を立てたこと
世の中にある既存のものと同等ではいくら品質が良くても、価格競争になる。
<愛知ドビー>が着目したのが、鋳物×精密加工の技術の高さが、最も影響する「密閉性」。さらにここにフォーカスし、キャンプで使うダッチオーブンにはできなくて、無水鍋にもできない、その両方のメリットをカタチにする商品に挑戦したのだ。
スノーピークの<ヤマコウ>も、地元の燕三条の520社の協同組合からなる三条工業会による圧倒的な開発力を強みにしている。ひと月で71アイテムの新商品をリリースするなど自社開発できるのは、ここだけという、他社がまねしたくてもできない、そんなジレンマの領域に旗を立てた。
両社とも、苦しい状況のときに、そこの領域に向けて先行投資の決断をし、選択と集中を行っていることがわかる。
一方苦戦している企業は、ジレンマの領域がわかっていても、人的パワーを理由にそこへの先行投資をあきらめているケースが多くみられた。分かっているけれど集中させることに恐れを感じている。リスク(未知へのリスク)のある選択はできないと判断している。
③ カテゴリの概念を広げたことによる関連商品の販売をしたこと
成功している企業は、ただ商品を開発し発売したのではなかった。成功した企業にはテーマに共通性があり、最初から<ライフスタイルブランド>を目指したことである。
手料理と、生きよう=バーミキュラ(愛知ドビー)
人生に野遊びを=スノーピーク(ヤマコウ)
デイリープロダクト(毎日のお気に入り)を提案するブランド=MARKS&WEB(松山油脂)
単なる「鍋」、「キャンプ用品」、「せっけん」で売ろうせず、その上位概念のテーマを設定している。
だからこそ、「鍋」以外のキッチンアイテムや、レシピ本、調理品などの関連商品が売れる。
だからこそ、「キャンプ用品」以外のトラベル、レジャー商品などの関連商品が売れる。
だからこそ、「せっけん」以外のシャンプーはもちろん、ベビー用品やキッチンアイテムなどが売れるのだ。
出典:<バーミキュラ>愛知ドビー:公式HPより
カテゴリの概念を、「商品ブランド」ではなく「ライフブランド」と広げたことで、世界観をつくりその世界観に共感を持った人が、まるごと買う。最初は「鍋」だけでも、喜んで満足いただけたら、「炊飯器」「鍋つかみ」「エプロン」とどんどんファンになって広がるわけである。
一方苦戦した企業のすべては、ここをやりたがらない、腰が重いのが特徴として挙げられる。
苦手としている、または必要性を感じていないと思っている。そんなことをしなくても、品質が良ければ買ってくれる。そこまでしなくてもいい。良くわからないからやらないでおく。
そう思っている企業は残念ながら、ここまでの成長はしていないのが現状であり、明暗を分けた大きな要因ともいえる。
④ ターゲットを”中流の高感度消費者”に絞ったこと
BtoB企業の多くは、その先の顧客との接点がほとんどない。相手企業がまず重要な顧客だからだ。成功した企業の多くは、安く買いたたかれる経験を過去にしている。一方でC向けの自社ブランドでは、「脱・安売り」を目指しているのが特徴である。
まず、ターゲットを大きくシフト変更している。安ければ安いほうを買う価値観のお客様ではなく、より生活を豊かに楽しくしてくれる、より心を満たしてくれるものを買うお客様を新たに設定している。
ここの層は多少値段が高くても、そこに価値を見出せば買ってくれる。こちらが発信した「テーマ」や「世界観」に共感してくれた人は、長く買い続けてくれるから生涯顧客となりやすいのだ。
その顧客層の特徴は
アンテナ感度が高く、消費に積極的な層=中流家庭
と言われる、今現在の日本の消費をリードしている顧客層だ。つまりトレンドセッター。
この層が購入しはじめると、いわゆるマーケットのボリューム層である平凡中庸な層に広まり一気にブームになるわけである。
この顧客層の価値観について、要点だけをピックアップすること
デザイン性が高いこと
暮らしが豊かになること
環境にやさしいこと
世界観があること
心がわくわくすること(所有する喜びがあること)
そのブランドの顧客であることに喜びを感じること
成功した企業は、ただ強みを最大限に生かした開発をしたわけでない。ターゲットとする上記の消費者の心のツボ(インサイト)をついた展開をして、一気に広まったのだ。
一方苦戦をしている企業は、マーケットのボリュームゾーン(数)を意識している。
この新商品を出したら、いったいいくら売れる?と予測がつかないと決断をしない傾向が見られた。既存のマーケットからの脱却を恐れ、今のボリュームゾーンを優先する。
デザイン性を良くしたくらいで、売れるわけがないと感じており、全体のイメージや世界観よりも分かりやすさと性能の良さを重視する傾向にあった。
所感
今、BtoB企業は、成功している企業と苦戦している企業で、明暗がはっきり分かれている。
相手企業に左右される下請けを安定して獲得し続けることも、とても重要なことだが、自社の未来を相手企業に任せるしかないBtoBだけの事業体制ではなく、<愛知ドビー>や<松山油脂>、<ヤマコウ>のように、自分たちの強みを確立した自社ブランドを立ち上げることにより、BtoCへのスイッチをもつことは、これからの時代、とても重要な選択になってくることが予測できる。
変革は恐れもついてくる。未知への挑戦よりも既存にとどまりたいのは当然の思考だが、同じ状況下ですでに成功している企業は実在し、上記4つの戦略を迷いなく実施した結果、自社を再建できたことは事実だ。どちらの道へ行くべきかは明白ではないだろうか。
自社の力を信じ、上記を徹底的に進めることができれば、新たな道が拓かれるはずだ。
2017年2月21日
出身企業:株式会社LIXIL
略歴:入社2年でトータルハウジング部門にて新規ブランド(ユニバーサルデザイン)の戦略立案から社内設計標準、ブランド育成まで任され日経UDブランドランキングを上位に導く。その後10年にわたり事業戦略や、企画、商品のプロデュースなどマーケティングを中心とした経験を経て、ブランディングディレクターとして独立。
専門分野:ブランド戦略、調査・分析など
趣味:デザイン・サーフィン
*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません