西村 尉辞
カーボンニュートラルの実現に向け、電気自動車の普及が急速に進展しています。現在の重要課題は、走行距離とコスト。そしてこの課題解決には、主要部品である蓄電池の更なる開発が必要です。現在はリチウムイオン電池が主体で研究開発は継続されていますが、安全性については輸送において危険物指定されていますので、より安全で高容量と推察される次世代電池として“全固体電池”の実用化が期待されています。
富士経済の調査によると、電池はイノベーションのカギを握る存在であり、2030年に自動車用など大型電池だけで15兆円を突破し、大型電池向けの材料市場も7兆円超の巨大市場になると試算されています。より高性能の次世代電池が期待されており、その筆頭格が“全固体電池”です。TDKが2018年にセラミック型で世界初の量産を始め、トヨタ自動車や村田製作所なども開発に力を入れていますが、「本格普及は2030年ごろになるとの見方が多い」と分析しています。
現在は、チップ状の超小型全固体電池は実用化されつつありますが、EV用等、高容量で大電流が取れる大型全固体電池の実用化は、2030年ごろという、曖昧な表現になっており、技術のブレークスルーがあれば可能ですが、現在は研究開発中、実用化は不明という見方が必要です。
そこで、この“全固体電池”について概況をご紹介させていただきます。
1.全固体電池概要
1-1. 全固体電池とは
○基本的な化学反応は、現行のリチウムイオン電池と同様。
○正極、負極間のリチウムイオンの伝導が、電解液でなく、固体電解質を介して行われる。
そのため「全固体電池」は、「全固体電解質電池」とも呼ばれています。
1-2. 固体電解質の種類
○酸化物系:リチウムイオン伝導度はやや低いが、大気中で安定な材料。
[特徴]電気化学的安定性、長寿命化が期待、可燃性材料が無く安全性が高い。
[課題]大型化が困難、現行LIB製造と異なる、高温焼成設備必要。
○硫化物系:Li2S-P2S5など、リチウムイオン電池に匹敵する伝導度。
[特徴]生産が簡易、低温特性、難燃性
[課題]水分に反応し硫化水素の発生、量産化、高電位での安定性
○その他(窒化物系、高分子系、錯体水素化合物系、など)
LiPONなど伝導度は低いが、薄膜プロセスを用いて作製。
1-3. 全固体電池の構成
電池の構成、作製法の観点から、全固体電池は、以下の2種類に大別できる。
○バルク系:正極材料、負極材料、電解質材料ともに粉体を用い、プレスや焼結などによって電池を作製。電極を厚くしやすいため、高容量の電池を作る際に適する。粒子間の接触を如何に確保して電池の抵抗を低減させるかが課題。
○薄膜系:気相プロセスを用い、各層を連続積層する。各層が薄く、緻密に作製できる。バルク系に比べ抵抗を低くできるが、電極層が薄いために、電池容量は小さく数mAh程度の電池。容量を増やすための積層化や大面積化が課題。
なお、薄膜系全固体電池では既に市販されている製品がある。
1-4. 全固体電池の用途
○薄くて小さい特徴を活かして、ウエアラブル機器、エネルギーハーベスト用途、カード類
○電解液系リチウムイオン電池では使用できない高温環境下での使用
○中大型容量品では、携帯機器、自動車、蓄電用途
などが考えられている。
2. 全固体電池の実用化への期待
私は、1974年より、電池の研究開発から実用化までを経験してきました。研究開発では、電池となる手がかりの発見には、多くの知識が必要でした。実用化には、市場で使用するために、様々な要因をクリアする必要があり、多くの時間がかかりました。要因の一つが欠けても実用化とは言えません。私が関わった電池は、世界初で開発から市販化に至ったものは、アルカリ乾電池の水銀ゼロ(玩具用、懐中電灯用等々)、民生用リチウム電池(腕時計用、計測機器用等々)、事業支援として、ニカド電池(電動工具用等々)、ニッケル水素電池(プリウス用蓄電池用等々)、リチウムイオン電池(携帯電話用等々)、鉛蓄電池(自動車用、非常用電源用等々)があります。
その経験から、全固体電池を実用化するためには、同様に多くの評価が必要と考えます。
2-1. 全固体電池の実用化のための評価
全固体電池を実用化するための7つの重要項目について現状を評価すると、
①安全性:リチウムイオン電池は、可燃性電解液により、火災の危険性があるが、固体電解質のため、危険性が少ない。
⇒ 但し、電動車両用は、大電流を必要とすることで、実際の安全性は、大型電池にして確認する必要がある。
②高容量:電解液から固体電解質にすることで、より安全になる事から、リチウムイオンの密度を高めることが出来、エネルギー密度を高めることが出来ると言われている。
⇒ 但し、電動車両用として、電池を使用する全部品を対象とすると、高容量とは言えない。
現状は、固体電解質であるため、イオンが動きやすいように、外側から「圧力」をかける必要があり、その部品も加えてのエネルギー密度を評価するとリチウムイオン電池より優れているとは言えない可能性あり。
③大電流:固体電解質のため、Liイオンが動きにくく、大電流が取り出しにくいと言われてきたが、動きやすい物質が発見されてきた。
⇒ 但し、電池を加圧して大電流を取得している場合もあり、電池としてのエネルギー密度が低下する。
④急速充電:工夫次第で、時間短縮の可能性があり。
⇒ 但し、電池は、化学反応の為、電池材料の均一な反応の為の電池設計が必要。
⑤設計の自由度:低温から高温迄、使用温度範囲が広がる。積層出来ることにより、コンパクトな設計が可能になる。
⇒ 但し、コンパクトに設計した場合の、寿命試験が必要。
⑥信頼性:全固体であることにより、物質の安定化が期待されることにより信頼性が向上。
⇒ 但し、電動車両は、一般的に10年間又は10万キロの信頼性を要求される検証が必要。
⑦コストパフォーマンス:安価な材料の採用や電解液が無いことや組立工程が簡素化され、コスト低減が期待される。
⇒ 但し、既に量産効果が出ているリチウムイオン電池より、安価になるかは疑問。
私が企業人であったころ、報道は、商品化が出来て初めての発表が多かったのですが、最近は、研究開発で、製品化の兆しが見えれば、発表しています。言葉には、それぞれのステージがあり、私的には、「研究」「開発」「製品化」「量産化」「実用化」の言葉を使い分けたいと思っています。例えば、「研究」学術的に電池反応が期待でき、将来電池として製品になる可能性を探求するために様々な材料を使っての実験。「開発」ある程度的を絞り、一つの電池系について、製品化の為に実験。「製品化」電池としての性能、長期信頼性や安全性を含めて消費者が満足して使えるための検討。「実用化」性能、信頼性、寿命、リサイクル、廃棄まで、電池の一生を検討するための検討。として、企業の発表内容をレベル付けして見ています。
発表の1例を示します。
報道のタイトルは、「日立造船、19年度に硫化物系全固体電池量産へ」ですが、内容から察すると、一部の用途で実用化できるレベルになったという事。「量産へ」というのは、「量産する」という事ではなく、「量産の可能性がある」と理解しています。また、このサンプルは超小型であることで、大電流を必要とする電動車両用としては、研究中と判断します。現在、日立造船の全固体リチウムイオン電池 [AS-LiB®]ホームページを確認すると、その特性は殆ど変わっていません。今後の発展に期待しています。
3. 全固体電池の取扱い
現在使用されているリチウムイオン電池は、危険物指定されています。全固体電池も、基本的には、同様と判断されており、規則に沿った取扱いが必要です。
安全性が十分と判断されれば、「全固体電池の輸送規則」を別途策定する提案が必要です。
従って、危険物取り扱い規則の周知徹底が必要です!
その一部を紹介します。詳細が必要であればお知らせください。
3-1. 危険物輸送規則 電池の国連(UN)番号と品名
電池製品を輸送する際に危険物クラスおよびUN番号、品名を選択し、その規則に従う必要があります。
3-2. UN38.3項「リチウムイオン電池の輸送試験」
リチウムイオン電池は、国連危険物輸送勧告の38.3項に定める安全性試験に合格しなければ国際輸送は出来ません。
以上、紹介してきました全固体電池の研究開発は幸い日本が先行しています。
実用化も是非先行することを期待します。
2021年6月6日
著 者:西村 尉辞 (にしむら じょうじ)
出身企業:パナソニック株式会社、プライムアースEVエナジー株式会社
略歴:中央研究所において、リチウム電池の研究開発にはじまり、事業場にて電池の製品実用化に従事。国際標準化の為のIEC委員、国際危険物輸送について電池の規則制定に参画。
専門分野:電池全般の技術、国際標準化(IEC、ISO)の知識、国際危険物輸送の知識
※現在、多くの研究開発が、進んでおり、年一回開催される「電池討論会」では、講演会場に立ち見席が出るなど関心が高く、学術的には、これを参考にされることを、お勧めします。
今後の実用化がどう進むのかについて、ご関心のことがございましたらご相談ください。
【参考資料】
1) 電池工業会ホームページ
2) 日経エレクトロニクス情報(全固体電池関係)
3) 内閣官房IT総合戦略室:自動運転・MaaSを巡る最近の動向(2020)
4) 国連危険物輸送勧告
5) 日立造船ホームページ
6) エーワイイー株式会社 「リチウムイオン電池の危険物輸送規則」
*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません