専門家コラム

【020】企業の社会的責任と技術者倫理

渡邉 喜夫

企業責任と技術者倫理

 耐震ゴム、ディーゼルエンジン、杭打ち工事のデータ改ざんのニュースが、ここのところ続いている。少し前では、食肉偽装や賞味期限不適切表示事件などが思い浮ぶ。コンプライアンスという言葉が、日常的に使われるようになった昨今でも何も変わっていないように思われるのは、わたしだけであろうか。変わったのは、BCPやリスクマネージメントによるこのような不祥事への対応力であるとしたら、正に偽装をすすめているようなものである。社外取締役や監査委員会制度など新しい会社の制度が導入されてきているが、会計処理改ざん事件のような例もあり、とてもうまく機能しているとは思えない。

 前職の自部署で中国に生産委託を行っていた頃に、技術指導を兼ねて、中国の委託先の工場の査察を行ったことがある。生産において、指定の材料を使うことになっていたのであるが、その材料は現場に1缶あるだけであった。当方の製品にその材料を使用しているとしたら足りないとは思われたので、倉庫へ案内させてチェックした。驚くべきことに、現場の1缶の他は倉庫にもどこにもなかった。明日入荷するから大丈夫であるという付け焼刃のような回答であったので、納品書のチェックも行い完全に合わないことを指摘し、改善を指示して帰国した。技術指導との兼務で品質監査は代理であったので、その結果を担当者に報告した後の仔細は把握していないが、知らない中に改ざんに関わることは、いたるところに存在する。

 最近の企業倫理について書かれている文章では、従業員一人一人の意識の問題であるというような結論となっていた。そうであるとすれば、どのように一人一人の意識を高めていけば良いのであろうか。技術士法の中には、3大義務 「信用失墜行為の禁止・秘密保持・名称表示」 と2大責務 「公益確保・資質向上」とあり、技術士は公共の利益を最優先しなければならないとある。私は学生時代に理学部だったからか、技術者倫理という講座がなかったが、最近の工学部では技術者倫理に関する講座が、多くの大学で取り入れられているようである。このように教育を受けて意識が高くあったとしても、その通りに動けない環境であるならば、これからも繰り返されてしまうのではないだろうか。

 戦後発展した名立たる企業の社訓や社是には、世界規模の平和や生活の向上といった言葉が並んでいるが、当方が半年で退職した企業は利益を上げることというメッセージが掲げられていた。時代背景もあるだろうが、企業理念も変わりつつあるのかもしれない。企業存続のためには、利益を上げることが必須であるから、少しでも安い部品・材料を使って、少しでも簡易な工程で、顧客の満足するスペックのものを生み出していかなければならない。そこで、業務の丸投げなども一つの手法として当然であるが、関わる全ての人々の意識を高めていくことは、限界があるだろう。購入先・生産委託先など外部に対しては、真贋を持つための技術が必要である。先の例では、指定材料の中に簡易検査で、指定材料の使用可否を判別できるようにするといった防御方法など技術的手立てが考えられると思う。次に、社会環境で隠ぺいできない環境やより高次の社会を醸成する環境を作ることが必要だと思う。社会が、企業利益だけでなく、企業責任を果たしているかどうかをもっと評価していくことではないだろうか。

2015年11月10日

著者:渡邉 喜夫(わたなべ よしお)
出身企業:ソニー株式会社、株式会社ファルテック
略歴:ソニー株式会社 電子デバイス部門・品質センター担当部長格
   株式会社ファルテック 生産技術部長
専門分野:表面処理、材料劣化と寿命・信頼性、生産性改善
資格:技術士(金属部門、総合技術監理部門)
趣味:渓流・鮎釣り



*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません

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